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Oct 26
“葬儀場の煙突から立ち上る煙はいつもすがしがしくのんびりしたもので、隣にアドバルーンなど浮いているのが似合っている。死は日常です。ご飯を食べたり寝るのと同じです。” ジョゼフ神山『燃える骨を凝視、生き物を喰う』

Aug 1
“すぐにそこから小径がつづいて、あたりいちめんに生おい繁っているすすきの穂の先を、
あるかないかの風が、しずかな波をつくり乍ら渡っていった。
 きのうに変って、カラリと晴れたせいなのである。そよぎ渡るその風の間に、このあたり向島
の秋らしい秋の静寂が初めて宿って、落ちかかった夕陽のわびしい影が、かすかな縞
をつくり乍ら、すすきの波の上を流れていった。
「平七」
「へい」
「…………」
「…………」
「秋だな」
「秋でござりますな」
 なんというわけもなかった。有朋も有朋ということを忘れて、平七も平七ということを忘れて、いつともなしにふたりは肩を並べ乍ら、すすきの径の中に出ていたのである。足が動いているのではなかった。こころが歩いているというのが本当だった。
 どこへ、というわけもなく、ふたりは肩を並べ乍ら、土手の方へあがっていった。
「おまえはどちらへ行くつもりじゃ」
「どちらでもいいですが……」
「わしもどちらでもいいが……」
 なんということもなかった。片身違に足を動かしているうちに、いつのまにか平七はふらふらと、ゆうべのあの石原町の小料理屋の方へ歩いていった。
 有朋もまた、いつのまにかそこへ行く約束をして了ったような顔をし乍ら、ふらふらと平七のあとからついていった。
 うすい灯のいろが、ゆうべのように川岸の夕ぐれの中に滲んで、客もないのか、打ち水に濡れた石のいろが、格別にきょうはわびしかった。”
佐々木味津三『山県有朋の靴』

May 1
“アランに滞在中も時々彼はパリに行つてゐた。さういふ或る日、彼がガルウエイに上陸して汽車の駅まで荷物を運んでくれる人を探すと、ある男が来て荷物を背負つてくれたが、ひどく酔つぱらつてゐて町までの近みちだと言つて、くずれかけた建物や古い船の破片なぞ散らばつてゐる中をさまよひ歩いて、しまひにはシングの荷物を投げおろしてその上に腰かけてしまつた。” 片山広子『アラン島』

Apr 25
“彼の人は、のくつと起き直らうとした。だが、筋々が斷れるほどの痛みを感じた。骨の節々の挫けるやうな、疼きを覺えた。……さうして尚、ぢつと、――ぢつとして居る。射干玉の闇。黒玉の大きな石壁に、刻み込まれた白々としたからだの樣に、嚴かに、だが、すんなりと、手を伸べたまゝで居た” 折口信夫『死者の書』

Apr 4
“人間の姿の一人もいない広々とした野原などを青空と太陽と白雲と山と林と草と樹と水などにとりかこまれて、悠々と歩いていると、それ等の物象がいつの間にか悉く自分の物であるかのような気がしてきて、聊か自分の心が気強くなり、落ちつきを得たように思うのである。つまり先にもいった通り、それ等の物象と同化して、自他の区別がつかなくなるところから、一切が自分の物であるかのようなイリュウジョンを起すことになるのであろうか?” 辻潤『浮浪漫語』

Apr 3
“そしてその物語りのなかには、すべて世の中の善や悪や、かなしみや苦しみ怒りもなやみも、よろこびもすべてが語られてるやうだった。けれども話す人も聞く人も、たゞ静かに安らかにぢっと微笑をつゞけてゐるばかりであって、彼等は少しも動かなかった。首をかたむけて眼を伏せながら、そして、そこにはたゞ静かななつかしみと、許しとが彼等をつつんでゐるやうに見えた。そしてまたそこには深い安らかさが彼等のすべてに表はれてゐるのであった。” 素木しづ『晩餐』

Mar 31
“紳士は、ふいと私の視線をたどって、そうして、私と同様にしばらく屋台の外の人の流れを眺め、だしぬけに大声で、
「ハロー、メリイ、クリスマアス。」
 と叫んだ。アメリカの兵士が歩いているのだ。
 何というわけもなく、私は紳士のその諧ぎゃくにだけは噴き出した。
 呼びかけられた兵士は、とんでもないというような顔をして首を振り、大股で歩み去る。
「この、うなぎも食べちゃおうか。」
 私はまんなかに取り残されてあるうなぎの皿に箸をつける。
「ええ。」
「半分ずつ。」
 東京は相変らず。以前と少しも変らない。”
太宰治『メリイクリスマス』

Mar 30
“「てりもせずくもりもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしくものぞなき」いとも静けき春の夕、梅が香そよと吹きくる風のまにまに匂ひ、あたりしみじみと見ゆるに、あるかなきかに白うかすみていでたる月影いとをかし。されど桜の花の今をさかりとさきいでたるが、隈なき光にてらされつ、をりから吹きくる風にあへなく花吹雪となる、もろもろのものの常なきもおもひいでられて、なほさら、哀れに見ゆ。” 上田敏『月』

Mar 27
“男爵の感謝の言葉を受けるには受けたが、同時に自分の失態の代償として、大枚のお金を受取る心苦しさを云おうとして云い得なかった彼は、顔の筋肉をヒクヒクと引釣らせながら、涙をダラダラと流して男爵の顔を見上げた。そうしてトウトウお礼の言葉さえ云い得ないまま、唇を二三度震わしただけで、覚束ない廻れ右をして引退ろうとすると、その時に立会っていた総監が、自分の手で渡すべく準備していた金一封を取上げて、
「まだありますぞ……」
 と呼び止めた。
 その声と同時に睦田老人は、ストンと尻餅を突いて気絶してしまった。”
夢野久作『老巡査』

“SQ市の無産者達は団結した。彼らは彼らの労力がいかに有産者達にとつて尊重せられるべきかを警告するために反抗した。
 資産家達はその財力の権力を用ひて圧迫した。
 無産者達は擡頭した。
 一大争闘がデルタの上で始つた。
 集団が集団へ肉迫した。
 心臓の波濤が物質の傲岸に殺倒した。
 物質の閃光が肉体の波濤へ突撃した。
 市街の客観が分裂した。
 石と腕と弾丸と白刃と。
 血液と爆発と喊声と悲鳴と咆哮と。
 疾走。衝突。殺戮。転倒。投擲。汎濫。
 全市街の立体は崩壊へ、――――
 平面へ、――――
 水平へ、――――
 没落へ、――――
 色彩の明滅と音波と黒煙と。”
横光利一『静かなる羅列』

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